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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)68号 判決 1975年3月20日

控訴人 加藤ナカ ほか四名

被控訴人 世田谷税務署長

訴訟代理人 中島尚志 高橋健吉 ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一ないし第三審を通じてこれを一〇分し、その六を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人らに対し昭和四一年五月二日付をもつてした相続税の更正処分(但し、裁決及び再更正によつて一部取消された)のうち課税財産価額が各控訴人につきそれぞれ別表請求額欄記載の金額を越える部分及び同日付でした過少申告加算税賦課処分(但し、裁決及び再更正によつて一部取消された)を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、左記を附加訂正する外、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

一  請求原因第一項の末尾(原判決三枚目表九行目の次)に左記を加える。

「その後、被控訴人は、更に本件訴訟についての最高裁判所の差戻判決の趣旨に従い、控訴人らに対し、昭和四九年一二月二五日付で前記裁決後の本件更正処分につき、相続税の課税財産価額を各控訴人につきそれぞれ別表再更正欄記載の金額とする旨の一部取消(減額。従つて相続税額及び過少申告加算税の税額も減額された)の更正処分をし、その旨控訴人らに通知した。」

二  請求原因第二項の後半の前段(原判決四枚目表一行目からその裏一行目まで)を左記のとおりに改める。

「しかるに、被控訴人は、右借用金債務を相続開始時には一、八三五万三、三六五円と評価すべきであるとして、前記再更正処分において、控訴人らの債務控除額をそれぞれ左の金額に更正した。

控訴人加藤ナカ- 二一三万四、一一二円(一、二八六万五、八八八円減)

同 加藤万寿蔵- 一、〇五二万八、二八七円(六、三四七万一、七一三円減)

同 林喜美  - 二一三万四、一一二円(一、二八六万五、八八八円減)

同 加藤俊男 - 二一三万四、一一二円(一、二八六万五、八八八円減)

同 加藤義男 - 一四二万二、七四二円(八五七万七、二五 八円減)」

三  弁済期未到来の相続債務(金銭債務)で約定利率が通常利率より低率のものの相続開始時における現価(複利現価)を評定する際、弁済期まで毎年留保される経済的利益の計算並びにこの経済的利益の現価算出のため控除する中間利息の計算に使用する通常利率は、年八分ではなく年五分を以て最高とするというべきである。蓋し、昭和三七年即ち本件相続開始当時、都市銀行における一年ものの定期預金の利息は年五分五厘であつて、これに対する一〇パーセントの源泉所得税を差引けば手取は僅か年四分九厘五毛であるところ、相続税関係において年八分の利率が採用されているのは、いずれも将来の収益財産の現在価格を算出する場合であつて、相続人に有利に作用するものであるが、債務の評価にこれを採用するときは相続人に不利益に作用することとなり、一般国民に対し定期預金の金利以上の経済的利益と財産運用のあることを予測する現実離れの利率となるものであるからである。

(被控訴人の主張)

一  控訴人らの右主張事実第一項及び第二項は認める。しかし、第三項は争う。

二  預金利息は、本来、金融機関が預金を運用して得た利益につき、その一部を預金者に還元するために支払うものであるが、借入金利息は借入金の運用方法とは全く関係なく、資金需要の増減に応じ、金融機関を中心とする金融市場において形成される利率によつて支払われるのが通例であるから、預金利息と借入金利息との間には本質的に異なるものがあり、両者を単純に対比することはできない。従つて、本件相続債務の相続開始時における現価を評価する際、相続開始時から弁済期までに享受する経済的利益の額等を計算するため使用する利率は、あくまで当時の金融市場における資金運用利率即ち金融機関から通常の融資を受ける場合における通常の利率によるべきである。ところで、本件相続開始時(昭和三七年一一月当時)における金融市場の貸出金利は、証書貸付、手形貸付、当座貸越及び割引手形のいずれにおいても、平均年八分以上である。そうとすれば、本件相続債務の相続開始時における現価を評定する際、控除すべき中間利息の利率としては年八分を以て相当というべきである。

<証拠関係省略>

理由

一  加藤伊助が昭和三七年一一月七日死亡したので、控訴人らがその遺産を共同して相続し、同三八年五月七日被控訴人に対し課税財産価額を各控訴人につきそれぞれ別表申告欄記載の金額として相続税の申告をしたこと、被控訴人が控訴人らに対し昭和四一年五月二日付をもつて右相続税につき右課税財産価額を各控訴人についてそれぞれ別表更正欄記載の金額とする旨の更正処分(以下単に本件更正処分という)をすると共に同日付をもつて過少申告加算税の賦課決定処分(以下単に本件加算税賦課処分という)をしたこと、控訴人らがこれを不服として同四一年六月一日被控訴人に対し異議の申立をし、同年八月二五日右申立を棄却する旨の決定を受けたので同年九月二二日東京国税局長に審査請求をしたところ、同局長が同四二年八月一〇日付をもつて本件更正処分につき課税財産価額を各控訴人についてそれぞれ別表裁決欄記載の金額とする旨の一部取消(減額。従つて相続税額及び本件加算税の税額も減額された)の裁決をし、同年一〇月六日控訴人らに右裁決書の謄本を送付したこと、及びその後、被控訴人が更に本件訴訟についての最高裁判所の差戻判決の趣旨に従い、控訴人らに対し昭和四九年一二月二五日付で前記裁決後の本件更正処分につき相続税の課税財産価額を各控訴人についてそれぞれ別表再更正欄記載の金額とする旨の一部取消(減額。従つて相続税額及び本件加算税の税額も減額された)の更正処分をし、その旨控訴人らに通知したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件更正処分(但し、前記裁決及び再更正によつて一部取消されたもの)の適否について判断する。

被相続人加藤伊助が生前の昭和二九年一月二八日、株式会社三越(以下単に三越という)との間において金一億二、九〇〇万円を借入れる旨の金銭消費貸借契約を締結し三越から同額の金銭を受領したこと(以下単に本件消費貸借契約という)、控訴人らが前記相続税の申告において右契約により相続債務が発生したとし、これを各控訴人につきそれぞれ控訴人ら主張の金額に分割して各控訴人の課税財産価額から控除したことは当事者間に争いがない。

1  ところが、右相続債務の発生につき争いがあるので、まずこの点から検討すると、当裁判所もまた加藤伊助と三越との間の本件消費貸借契約は、右両者の通謀による虚偽仮装のものとは認められないものと判断するものであつて、その理由は原判決の判示(即ち、同判決一六枚目表五行目から一七枚目表一〇行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。但し、右判示のあとに左記一項を加える。

「もつとも、右契約内容の経済的効果を達成するためには通常被控訴人が主張するような取引形式を選択することが多いであろうから、亡伊助が三越との間に前記認定のような内容の契約を締結したのはいささか異常であつて、そこに何らかの、おそらくは租税(当時の不動産所得税)負担の回避ないし軽減の意図が窺えない訳でもない。果して然らば、右は一種の租税回避行為というべきであるが、同族会社の行為、計算の否認(法人税第一三二条、所得税法第一五七条、相続税法第六四条)の外、一般的に租税回避の否認を認める規定のない我が税法においては、租税法律主義の原則から右租税回避行為を否認して、通常の取引形式を選択し、これに課税することは許されないところというべきである。」

してみれば、加藤伊助は本件消費貸借契約により三越に対し金一億二、九〇〇万円の借入金債務を負担し、控訴人らは伊助の死亡により右債務を共同して承継したものといわなければならない。

2  ところで、被控訴人が右借入金債務を控訴人らの相続開始時には、金一、八三五万三、三六五円と評価すべきであるとして、前記再更正処分において、控訴人らの債務控除額を各控訴人につきそれぞれ控訴人ら主張の金額に更正(評価減)したことは当事者間に争いがない。そこで次に、右相続債務の評価減の当否について検討する。

相続税法(以下単に「法」という)によれば、相続税は相続又は遺贈によつて取得した財産(以下単に「取得財産」という)の価額の合計額をもつて課税価格とするが(法第一一条の二)、相続開始の際被相続人の債務で確実と認められるものがあるときは、その金額を取得財産の価額から控除する(法第一三条第一項、第一四条第一項)。そして、右取得財産の価額は当該財産の取得の時における時価により、また取得財産の価額から控除すべき債務(以下単に「控除債務」という)の金額は、その時の現況によるものとされている(法第二二条)。これらの規定に徴すれば、相続税は財産の無償取得によつて生じた経済的価値の増加に対して課される粗税であるところから、その課税価格の算出にあたつては、取得財産と控除債務の双方についてそれぞれの現に有する経済的価値を客観的に評価した金額を基礎とするのであり、ただ控除債務については、その性質上客観的な交換価値なるものがないため、交換価値を意味する「時価」に代えてその「現況」により控除すべき金額を評価する旨定められているものと解される。従つて、控除債務が弁済すべき金額の確定している金銭債務の場合であつても、右金額が当然に当該債務の相続開始の時における消極的経済価値を示すものとして課税価格算出の基礎となるものではなく、あたかも金銭債権につきその権利の具体的内容によつて時価を評価すると同様に、金銭債務についてもその利率や弁済期等の現況によつて控除すべき金額を個別的に評価しなければならないのであり、かくして決定された控除すべき金額は必ずしも常に当該債務の弁済すべき金額と一致するものではない。そこで、弁済すべき金額が確定し且つ相続開始の当時いまだ弁済期の到来していない金銭債務の評価について考えると、その債務につき通常の利率による利息の定めがあるときは、その相続人は弁済期が到来するまでの間、通常の利率による利息額相当の経済的利益を享受する反面、これと同額の利息を債権者に支払わなければならず、彼此差引きされることとなるから、右利息の点を度外視して、債務の元本金額をそのまま相続開始の時における控除債務の額と評価して妨げない。これに対し、約定利率が通常の利率より低い場合には、相続人において通常の利率による利息と約定利率による利息との差額に相当する経済的利益を弁済期が到来するまで毎年留保し得ることとなるから、当該債務は右留保される毎年の経済的利益の現在価値の総額だけその消極的価値を減じているものというべきであり、従つてこのような債務を評価するときは、右留保される毎年の経済的利益について通常の利率により弁済期までの中間利息を控除して得られたその現在価額(なお、右中間利息は複利によつて計算するのが経済の実情に合致する)を元本金額から差引いた金額をもつて相続開始の時における控除債務の額とするのが相当である。

そこでこれを本件についてみると、被相続人加藤伊助が三越に対して負担した金一億二、九〇〇万円の借入金債務は、控訴人らの相続開始当時、確実に存在したものであることは前認定のとおりであるから、控訴人らに対する相続税課税価額の算出上控除すべき債務に当ることはいうまでもない。

そして、右借入金債務の弁済期については、当裁判所もまた、控訴人らの相続開始当時、いまだこれは到来しておらず、なお五一年余を残していたものと判断するものであつて、その理由は原判決の判示(即ち、同判決一九枚目表一〇行目から二〇枚目表九行目まで)同一であるから、ここにこれを引用する。但し、右判示のあとに左記一項を加える。

「もつとも<証拠省略>によれば、三越と加藤伊助間の前記地上権設定契約は右両者間の前記消費貸借契約及び抵当権設定契約が将来消減した場合においても、その影響を受けないものであることが認められるが、右事実を以てはいまだ前記認定を覆えすに足らず、また<証拠省略>によれば、控訴人らは本件相続開始後四年を経過した昭和四二年三月一日、三越に対し前記借入金債務を完済したことが認められるが、相続税は相続開始当時の前記取得財産の価額からその当時の前記控除債務の評価額を差引いたものを課税価格として課税するものであつて、相続人が相続開始後、相続債務につき期限の利益を放棄してこれを弁済しても、右弁済によりなんら影響を受けるものではないから、右事実の存在もまた前記認定の妨げとはならないものというの外ない。」

ところで、<証拠省略>によれば、昭和三七年一一月即ち本件相続開始当時における代表的な金融市場である東京銀行協会社員銀行の貸出金利は、証書貸付、手形貸付、当座貸越及び割引手形のいずれにおいても年平均八分以上であることが認められる。そうとすれば、本件相続債務の評価をする際、右債務が低利であることにより相続開始当時から弁済期までに享受する経済的利益の計算及び右経済的利益の現価算出のため控除する中間利息の計算に使用する通常の利率は少くとも年八分を以て相当とするというべきである。この点につき控訴人らは、都市銀行における定期預金の金利等を理由として、右各計算に使用する通常の利率は高くとも年五分とすべきであると主張するが、預金の利息と借入金の利息とは本質的に異なるものであるのみならず、本件における前記経済的利益の額の計算及びその相続開始当時における現価算出のため控除する中間利息の計算に使用する通常の利率は、あくまで事業活動等の必要から資金を借入れた場合のことに関するものであつて、従つてこれは当時の金融市場における平均的な貸出金利によることは当然であるから、控訴人らの右主張は採用できない。果して然らば、前記取得財産から控除すべき本件相続債務についての事実関係は、要約すると、次のとおりとなるというべきである。即ち、控訴人らの被相続人加藤伊助は昭和二九年一月二八日株式会社三越から金一億二、九〇〇万円を利息年一分の約定で借入れ、同三七年二月七日その弁済期までなお五一年を残して死亡し、本件相続が開始したが、当時の通常の利率は金融市場における貸出金利からみて年八分とするのが相当であつたといわなければならない。そうとすれば、控訴人らは右相続債務につき年一分の約定利息を支払つても、なお弁済期までの五一年間、毎年借入額の七分(通常の利率と約定利率との差)である金九〇三万円相当の経済的利益を留保し得ることとなるので、これについて年八分の複利計算により五一年間の中間利息を控除した現価を前記元本金一億二、九〇〇万円から差引くと、金一、八三五万三三六五円となることが計算上明らかであるから、これをもつて前記相続開始の時における本件相続債務の評価額とすべきである。

以上の点につき控訴人らは、亡伊助が右債務の負担によつて取得した財産は相続財産として課税価額に含まれているから、右債務についての評価減は相続税法を無視したものであると主張するのが、仮に右主張の事実が存在するとしても、これをもつて直ちに右債務の評価減が違法であるものとはなし難いから、前記主張は採用できない。

しからば、被控訴人が本件相続債務についてした前記評価(ないし評価減)は相当であるというべきである。

3  以上のとおりであるから、本件更正処分及びこれに基く本件加算税賦課処分には、結局、なんらの瑕疵もないものといわなければならない。

三  よつて、以上と理由は異なるが、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は結論において正当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第二項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第九二条(本件は、実質上、被控訴人の一部敗訴の場合というべきである)を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 古川純一 岩佐善己)

別表(課税財産価額)

氏名

申告

更正

裁決

再更正

請求額

加藤ナカ

二、六〇四、三〇〇

一八、四一三、四〇〇

一八、三八七、〇〇〇

一六、七二九、〇〇〇

三、八六三、一一二

加藤万寿蔵

二、五六七、四〇〇

七五、八三四、三〇〇

七五、七三一、〇〇〇

六七、五五一、〇〇〇

四、〇七九、二八七

林善美

一、四五一、三〇〇

一六、七二七、一〇〇

一六、七〇五、〇〇〇

一五、〇四七、〇〇〇

二、一八一、一一二

加藤俊男

一、七五〇、九〇〇

一六、三四一、四〇〇

一六、三三六、〇〇〇

一四、六七八、〇〇〇

一、八一二、一二二

加藤義男

二、一四九、七〇〇

一三、〇〇〇、九〇〇

一二、九九六、〇〇〇

一一、八九〇、〇〇〇

三、三一二、七四二

(註 請求額は再更正額から評価減を控除した額)単位円

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